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2012年 05月 19日
子どもの親同士でも気の合う家族というものは
どこか考え方やライフスタイルが似ていたりして 子どもたちが別々の学校に行っても 家族ぐるみでキャンプだスキーだと よく遊びに出かけたものでした。 それでも子どもが中学、高校と成長するにつれ 学校行事やクラブ、塾などと 家族の中ですらスケジュール調整がつかず 他の家族とゆっくり会って 話すこともできなかった今日この頃。 それなら、大人だけで会えばいいんじゃないかと このゴールデン・ウィークに近所の公園で 大人だけのBBQの計画を立て あいにくの空模様にホームパーティに切り替え にぎやかな時を過ごしました。 不思議なもので、パパたちが手にしているのは みなiPhone。 やっぱり趣向が似ているのでしょうか。 そして、みな使いこなしきれていないのもご愛嬌。 そんなこともありまして、 わが家の妻もついにiPhoneデビューです。 2012年 05月 13日
山デビュー2回目は、やっぱり同じ高尾山。
近くて、いろいろなルートがあるのが魅力です。 あいかわらず寒いのか暑いのか、街でも迷う服装。 まして山には何を着ていこうかと そもそも登山向きの服を持っていないから よけいに悩んでしまいました。 「やっぱり山登りはチェックの服じゃない?」 という妻の言葉に、何か説得力があり いまや親の背を追い越した長男に 赤いチェックのシャツを借りて 塩加減も適当に自分で作った握り飯を持って 高尾に向かったのでした。 二度目の緊張感のなさから 高尾山口で降りるべきところを高尾で降りてしまい ちょっと遅刻するものの無事到着。 今回は6号路の沢沿いに登るコースを歩き 道ばたのシャガという花と水の音に癒されながら 頂上に登りました。 好天で富士山も眺めることができました。
2012年 04月 28日
凄い小説と出逢ってしまったという震えを
読んでいる時から感じていました。 「起終点駅(ターミナル)」著・桜木紫乃。 何の予備知識もなく、作家の名前も知らず 書店で新作の棚に並べてあった本。 出張で読む本を探していて出逢いました。 短編集でありながら、一本一本が深く濃厚で それぞれが上質な映画を見終わったときのように 鮮やかな余韻を胸に残してくれます。 すべてを捨てる者、何かを背負う者。 それぞれの死に様、生き様がすれ違う 人生の中の起終点駅(ターミナル)。 身近な人の死に不器用に戸惑い、 辛い日々を砂をかむように生きる者たちに それでも、明日は今日より少しいい日になると 微笑むことができる物語。 長い人生、いろいろあるよねと 少しだけ自分のことも振り返りつつ 何だか心が軽くなったような気がします。 とくに「海鳥の行方」と表題作が好きです。 この著者の他の作品も読んでみたくなりました。 2012年 04月 22日
小学校時代の友人に誘われて山デビューです。
午後から雨という微妙な天気予報の中 早起きして、まずは東京近郊の人気スポット 高尾山に行ってきました。 さすがにこの怪しげな天候のせいか いつもはあふれる登山客もまばらで ゆったりと歩くことができました。 高尾山口から尾根沿いに歩く稲荷山コース。 木々の間から覗く風景が 少しずつ高くなっていくのを楽しみながら 頂上へ。 頂上にはまだ桜が咲いており富士山は見えなかったけれども 桜の向こうに霞む山々の影は それはまたよい色彩でした。 昨日観てきたセザンヌの描く 山の風景を思い出し セザンヌならどう色付けするかなどと ちょっと考えるのも、また楽し、です。 ![]() 高尾山から桜の小道を一丁平、城山へ。 そこから相模湖に降りてきました。 同じ時代を歩いた長年の友と語りながら 桜、ツツジ、松などの描く自然の色彩と 遠くにそびえる山々の姿を眺めて 心地よい汗をかきながら歩いた時間は トレッキングの楽しさ以上のひとときを 過ごさせてくれました。
2012年 04月 21日
セザンヌという画家をセザンヌの絵を観るという目的で
観に行ったのは今回初めてのことでした。 国立新美術館「セザンヌ-パリとプロヴァンス」展。 今までは、後期印象派などの一群の絵の中に セザンヌという名前を見つける程度の 知識と興味しかなかったのですが セザンヌの絵だけを集めた今回の絵画展に セザンヌを知るよい機会だと思ったことと 久しぶりに絵を見て、そのあと六本木界隈を ぶらぶら歩きたいという気持ちが 乃木坂の国立新美術館に足を運ばせたのでした。 初期の頃から晩年まで数多くの作品が並んでいましたが やはり印象派に影響されたような風景画と リンゴや食器を無造作のようで計算して描かれた静物画に 足が止まります。 とはいえ、これだ、という動けなくなるような作品に 出会えなかったのも確かでした。 面白かったのは、セザンヌのアトリエが再現されていたこと。 この机にあの食器と籠と果物を置いてみて いろいろ位置を工夫しながらあちこちから眺めて 頭の中で構図を切り取っていたのかなと 楽しい想像をさせてくれました。 写真は、東京ミッドタウンにある軽井沢のパン屋さん 「浅野屋」でのパンとコーヒーのひとときと ガレリアの小物店で妻が買った木彫りの子犬。 ![]() ![]() 2012年 04月 14日
「はなちゃんのみそ汁」の感想で
「いのちをいただく」との繋がりを書いたところ 著者の内田さんからコメントをいただき さらにこの本に繋がるとのこと。 早速、書店で検索したところ 「妊娠・出産」の棚にあるとのことで 50のオヤジが行くコーナーでもないかと戸惑いつつ この本を見つけました。 「お母さんは命がけであなたを産みました 〜16歳のための、いのちの教科書」 (著:内田美奈子、青春出版社) 著者に紹介されなかったら、まず出会うことのなさそうな本です。 ところが、読み始めると またまた涙にときどき文字がかすんでしまいつつ 一気に読んでしまったのでした。 たまたま長男の誕生パーティをした日に読み始めたから より「誕生」と「いのち」への思いが強かったのかもしれません。 わが家の長男も18歳。あの日、三角頭で髪の毛もなく サルみたいな顔で 産まれてきた赤ん坊が ずいぶんでかくなったもんです。 この本には、著者が助産婦として出会った さまざまな「いのち」があります。 「生」の反対は「死」ではなく、「生まれないこと」だと。 「いのち」として産まれず、死産した赤ちゃんを 一晩中抱きしめていた母親の姿は その哀しみを想像するだけで涙が出ます。 だからこそ、生まれたことが奇跡であることに気づきます。 そして、「はなちゃんのみそ汁」に書かれた、 幼い子を残して逝かざるを得なかった千恵さんも登場します。 母親が命がけであなたをを産んだのだと。 だからこそあなたたちが「そこにいるだけでいい」のだと 子どもたちに優しく語りかける著者。 「はなちゃんのみそ汁」から繋がる 「いのち」と「食」のお話でした。 追伸 いまさらですが、母さん、産んでくれてありがとう。 あれからもう50年ですね。 まだまだ元気に長生きしてください。 2012年 04月 03日
泣くつもりで買いました。泣きました。
乳がんで逝った33歳の母。娘に残した料理作り。 生きとし生けるものを食材にすることは いのちの大切さを伝えることでもあり 生きる強さを伝えることでもあり 母の思いを伝えるものでもあったのでしょう。 初っぱなの「ママへの手紙」から目頭が熱くなりました。 ママは子どもの心の中でしっかり生きている、 そんなことを感じさせてくれました。 乳がん発病、結婚、抗がん剤治療、奇跡の妊娠。 生きるという強い力が「いのち」の奇跡を生みます。 命がけの出産、そして生まれた生命。 その子どもが生きる力を母に与えてくれます。 代替療法、食事療法、ホルモン療法。 さまざまな治療を試み、ときにはがんを消失させるほど 再発するがんと闘いながら、ブログで綴る日記。 何よりの支えは幼い娘の無邪気な笑顔でしょう。 母が逝った後、酒とタバコに溺れた父親を救ったのも 母のいのちを継いだ、娘の言葉でした。 最後は読みながら涙をこらえていたら 鼻水が止まらなくなり 花粉症がひどくなったふりをしていました。 ところで、この本を読んでいて 食の話と内田美智子さんの名前が出てきたとき あれっと思って、本棚から一冊の絵本を探し出しました。 「いのちをいただく」(文:内田美智子、西日本新聞社) 奥付をみると、編集:安武信吾、題字:安武はな、 帯に書かれた感想には、六本松さくら(主婦)の名が。 こんなところに安武家がいました。 そして、この絵本の背景には、がんと闘う妻の姿が 隠されていたことを知りました。 2012年 03月 24日
AEDがそこにあれば・・・
心臓突然死で亡くなった大切な命があります。 夢と希望に輝き続けるはずだった瞳があります。 そして、AEDで助かった命もあります。 彼らの「瞳」の輝きとメッセージを心にとめてください。 大切な人が、家族が、友人が、突然倒れたとき、 そこにいるあなたしか救えない命があります。 AEDと心臓マッサージ(胸骨圧迫)。 誰でも簡単な講習で覚えることができます。 あなたにしか救えない大切な命〜君の瞳とともに by PUSHプロジェクト 2012年 03月 20日
先週末は、仕事で福岡に行ってきました。
天気予報は雨でしたが、幸運にも曇り空のまま 傘をさすこともなく移動ができました。 出張の楽しみのひとつに 普段気軽に会えない地方の友人との交流があります。 今回も、ネット上ではずいぶん前から親しくしていながら なかなか会う機会がなかった 久留米の音楽仲間と会うことができました。 同じ福岡県といってもちょっと遠いと思っていたのですが 「新幹線に乗れば、すぐたい」 と友人に言われ 新幹線? 久留米に?と まったくピンとこなかったのですが 九州新幹線が走っていたのですね。 久留米まで10数分、熊本にだって30数分で行けるそうです。 時代が変わりました。 JR久留米駅前も、その昔は何もなかった印象がありましたが ずいぶんときれいになって、びっくりです。 あっという間に久留米に着いて、友人と会うことができました。 フォークソングの趣味からネットで知り合った友人には 同世代のせいか、同じような音楽を好む人間は相性もいいのか 会った瞬間に、まるで旧知の友のようになります。 生きてきた場所も環境も違うのに、不思議と話がわかるのです。 4日間、博多にいて港近くの会議場でほとんど過ごし 観光も何もしていませんが 九州新幹線にちょこっと乗って 素敵な友人と語らった・・・ それだけで、いい思い出です。 2012年 03月 12日
本人たちはいたって理性的に話し合おうとし
ちょっとした言葉の刺にカチンときつつも冷静に対応し それでも少しずつ相手の話が納得できなくなり反論し いつしか言い合いのケンカになっていくといった 笑いどころか顔を引きつらせているのに 観ているこちらは、くすくす笑いから大爆笑に。 映画「おとなのけんか」(ポランスキー監督)。 登場人物はたった4人(二組の夫婦)。 舞台は一方の家のリビングルーム。 幕間代わりにエレベーターホールまで行くけれど すぐにリビングに戻ってヒートアップ。 もともと舞台劇だったそうですが まさに映画もそんな感じ。 それでも会話の面白さにまったく飽きが来ません。 絶妙の味を出している影の主役が携帯電話。 最後まで大活躍です。 やられたのがラストシーン。 もう監督のにやりと笑う顔が目に浮かぶようです。
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